とある武術界隈では超有名な韓競辰先生。
甲野先生が息をのんだと言われる動きをする、韓先生の韓氏意拳初級者向け講習会に先週体験参加してきました。
とうとうこの日が来た。
会場が自宅から2時間半離れていたので夜が明ける前に出発。
この週は連日仕事で帰りが遅く、かなりの睡眠不足であったけど最後まで体調が崩れなくて良かった。
病は気からではないけど、この日ばかりは倒れるわけにはいかないのですから。
会場に甲野先生関連の稽古会でお会いした顔ぶれがそろっていたおかげでアウェイ感を感じることなく参加できた。
ナマ韓先生とナマ光岡先生にお会いできただけでもまずは好し。
初級者向け講習会ということもあって、甲野先生が息をのんだといわれる消える動きは見ることが出来なかったけど、
講習会では韓先生自ら手を取って指導していただくことができて嬉しかった。
韓先生に手を取って頂きながら動くと「オッケー、オッケー」と大きな声で言っていただいた。
感動である。
振り返ってみると、終始韓先生の動きに釘づけであった。
韓先生は”自然とは何か”というとてもスケールの大きな話をしながら、それを自然に動くということで考えると”ただ動く”ということなのだというような話をされていた。
印象的だったのは、
「動くまでは失敗しないのだから、動く前に失敗をおそれる必要はない。動いてからどうだったかを感じ取ればいい。」という話。
とかく稽古中にあれこれ考えてしまいがちな私にとって(言われた通りに出来るかどうかは別として)なんともありがたかった。
韓氏意拳の稽古では、具体的な稽古メニューや形についての説明を日記に書くことにはあまり意味がないように感じる。
心に触れた話をいくつか記録しておくことにしよう。
・頭の中の動作・形をすてる。
・身体で直接表現する。
・力を信じるのではなく、自分を信じて動く。
・身体のすべてが整って動作に参加している感じ。
・自然とはただ力を抜くわけではない。
・自然とはやりたいように動くわけではない。
言われただけ、言葉を理解しただけでは意味はないだろう。
自分が体験してきた稽古を当てはめてみても(おそらくあまり)意味がない。
この観点で稽古していくことがこの日の話を理解していくことに繋がるのだろう。
講習会後に韓先生と昼食をとる機会があった。
そこでは体験者の分際であったがずうずうしくも韓先生の正面に座らせて頂いた(どうしても質問したいことがあったのだが、体験者は午前で終了だったのでもうチャンスはここしか無いと思いなるべく近くに座りたかったという思いがあったので)。
講座中に韓先生が「手を伸ばすときはただ物を拾ってくるようにのばす。」
「物を拾うときに肩をあげるような動作はしないだろう。」という説明をされていたとき、
(軽い物を持ってくるときはほとんど力むということはないが、重い物を持つときは結果として力むように感じる。誰かに手を掴まれたときは重い物を持っているように力んでしまうのではないか。物を持ってくる動作とはどういう事なのだろうか?)
と疑問が浮かんでいたのであった。
またとないチャンスなので思い切って質問したところ、
韓先生は目の前の少し重そうな入れ物を指して「この重さはどれくらいか?」と質問をされた。
私「500グラムくらいだと思います。」
韓先生「これを持ち上げるときあなたは予め500グラム分の力を入れてから持ち上げるか?」
私「持ってみて重たかったらその分だけ力を出します。」
韓先生「オッケー!それで良いです。」
その後、たくさん話を続けて下さいました。
心に触れた話を追加します。
・動いてから感じる、感じたら身体が教えてくれる。
午後はKさん講師による体験者向けの補習に参加。
予習もやっていて良かったけどこの補習もやって良かった。
意拳の稽古を続けてこられて、今や教える立場のKさんは(って教える立場のKさんしか知りませんが)、
自分が稽古してきた体験をもとに、初心者がつまづきやすいポイントを丁寧に教えてくれる。
稽古の助けになるアドバイスを説明の途中におりまぜてくれるのでとても為になった。
意拳は楽しいなぁ。
入会!?身体が足りないよなぁ。。。
甲野先生が息をのんだと言われる動きをする、韓先生の韓氏意拳初級者向け講習会に先週体験参加してきました。
とうとうこの日が来た。
会場が自宅から2時間半離れていたので夜が明ける前に出発。
この週は連日仕事で帰りが遅く、かなりの睡眠不足であったけど最後まで体調が崩れなくて良かった。
病は気からではないけど、この日ばかりは倒れるわけにはいかないのですから。
会場に甲野先生関連の稽古会でお会いした顔ぶれがそろっていたおかげでアウェイ感を感じることなく参加できた。
ナマ韓先生とナマ光岡先生にお会いできただけでもまずは好し。
初級者向け講習会ということもあって、甲野先生が息をのんだといわれる消える動きは見ることが出来なかったけど、
講習会では韓先生自ら手を取って指導していただくことができて嬉しかった。
韓先生に手を取って頂きながら動くと「オッケー、オッケー」と大きな声で言っていただいた。
感動である。
振り返ってみると、終始韓先生の動きに釘づけであった。
韓先生は”自然とは何か”というとてもスケールの大きな話をしながら、それを自然に動くということで考えると”ただ動く”ということなのだというような話をされていた。
印象的だったのは、
「動くまでは失敗しないのだから、動く前に失敗をおそれる必要はない。動いてからどうだったかを感じ取ればいい。」という話。
とかく稽古中にあれこれ考えてしまいがちな私にとって(言われた通りに出来るかどうかは別として)なんともありがたかった。
韓氏意拳の稽古では、具体的な稽古メニューや形についての説明を日記に書くことにはあまり意味がないように感じる。
心に触れた話をいくつか記録しておくことにしよう。
・頭の中の動作・形をすてる。
・身体で直接表現する。
・力を信じるのではなく、自分を信じて動く。
・身体のすべてが整って動作に参加している感じ。
・自然とはただ力を抜くわけではない。
・自然とはやりたいように動くわけではない。
言われただけ、言葉を理解しただけでは意味はないだろう。
自分が体験してきた稽古を当てはめてみても(おそらくあまり)意味がない。
この観点で稽古していくことがこの日の話を理解していくことに繋がるのだろう。
講習会後に韓先生と昼食をとる機会があった。
そこでは体験者の分際であったがずうずうしくも韓先生の正面に座らせて頂いた(どうしても質問したいことがあったのだが、体験者は午前で終了だったのでもうチャンスはここしか無いと思いなるべく近くに座りたかったという思いがあったので)。
講座中に韓先生が「手を伸ばすときはただ物を拾ってくるようにのばす。」
「物を拾うときに肩をあげるような動作はしないだろう。」という説明をされていたとき、
(軽い物を持ってくるときはほとんど力むということはないが、重い物を持つときは結果として力むように感じる。誰かに手を掴まれたときは重い物を持っているように力んでしまうのではないか。物を持ってくる動作とはどういう事なのだろうか?)
と疑問が浮かんでいたのであった。
またとないチャンスなので思い切って質問したところ、
韓先生は目の前の少し重そうな入れ物を指して「この重さはどれくらいか?」と質問をされた。
私「500グラムくらいだと思います。」
韓先生「これを持ち上げるときあなたは予め500グラム分の力を入れてから持ち上げるか?」
私「持ってみて重たかったらその分だけ力を出します。」
韓先生「オッケー!それで良いです。」
その後、たくさん話を続けて下さいました。
心に触れた話を追加します。
・動いてから感じる、感じたら身体が教えてくれる。
午後はKさん講師による体験者向けの補習に参加。
予習もやっていて良かったけどこの補習もやって良かった。
意拳の稽古を続けてこられて、今や教える立場のKさんは(って教える立場のKさんしか知りませんが)、
自分が稽古してきた体験をもとに、初心者がつまづきやすいポイントを丁寧に教えてくれる。
稽古の助けになるアドバイスを説明の途中におりまぜてくれるのでとても為になった。
意拳は楽しいなぁ。
入会!?身体が足りないよなぁ。。。
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