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2014年3月25日火曜日

柔道縁

中学校にサッカー部がなかったから、父が大学時代にやっていたという柔道部に何となく入った。 
中三で転校するまで2年間在籍したが、後半1年は幽霊部員だった。
身についたのは受け身だけだったが、これがなかったら今とは違った事をして過ごしてきただろう。

『柔道縁』で繋がっている。

部活後の24年間、柔道はたまにテレビで見る程度。それが今、町道場に入門して柔道を再開している。
再開後の柔道歴は4ヶ月。
寝技乱取りで黒帯の若者と練習して、寝技の楽しさに目覚めた。

柔道を再開する前に出会ったのが、
三船久蔵十段の記録映画『柔道の真髄』
これで三船十段『空気投げ』の魅力に取りつかれた。
それから本屋で手に取ったのが、
増田俊也著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
こんな熱い本は読んだことがなかった。
”10年に一度”という宣伝を見たが、私にとっては38年(=年齢)で最高に熱い本である。
まだ読んでいないが、
同じく増田先生の『七帝柔道記』
これも楽しみにしている。

『七帝柔道』とは、寝技引き込みありの団体戦という特徴を持ったルールで行われる柔道の事だ。
講道館ルールや国際柔道ルールでは、寝技への引き込みは認められていない。

それがつい先週、神戸大柔道部OBである父がやっていた柔道が、
『三商大戦』
という、寝技引き込みありのルールで行われる柔道であった事を知る。
「団体戦で強敵をいかに引き分けに持ち込むかが鍵なんだ。」と言っていた。

父が柔道部出身であることは、小学生の頃から知っていたが、この話を聞いたのは初めてだった。

聞くべき時期が来たのだろうか。

中学校の同級生は「お前が柔道を再開するなんて信じられない。」と言い、
稽古の先輩からは「血の繋がりってのはすごくてさ。」と言われた。

父の柔道話を聞いた直後、たまたまTwitterで目にしたのが、
『増田俊也先生、中井祐樹先生』対談イベント
のお知らせだった。
対談は翌日。私にとってはあまりに急なイベントだったが、(行くべき!)と直感が働き、すぐにチケットを手配した。
当日は、急遽、”刃牙道”の板垣先生も参戦して、3先生による鼎談になった。
『バキ』は学生の頃読み始めて、そのぶっ飛んだ内容に惹き付けられた。先週から『刃牙道』として連載が再開されたが、ますますぶっ飛んでいる。
板垣先生は、鼎談の中でぶっ飛んだネタを思い付く理由として「俺は天才だから」と会場を盛り上げていたが、その通りだ。
鼎談については別に書くつもりなので、この辺にしておこう。

『柔道縁』の広がりは運命的だ。

遡れば、一昨年、甲野善紀先生と柔道家の研究稽古にご一緒したところから大きく舵が切られたように思う。
その後も指導者レベル、なかには世界トップレベルの柔道家の方と一緒に稽古してきたり、ふと我にかえれば驚くような体験をしている。

そもそも2006年、甲野善紀先生のセミナーに初めて参加して、その後、積極的に技を受けられたのも、柔道で受け身を身に付けていたおかげだ。

『柔道縁』

今後も楽しみです。

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