ページ

2020年1月31日金曜日

空気投げ『アンクルブレイク』

先日いつもいく地元の床屋の店員さんに新しく若い兄ちゃんが入っていた。
いつも店員さんと話をするのでその兄ちゃんとも話していたら、休みはバスケをしているという。
私も空気投げの研究をしてると話したら『アンクルブレイクみたいなやつですか?』と言うのでちょっと違うと答えたが、空気投げが全てアンクルブレイクではないですが、アンクルブレイクは空気投げです。
やるな兄ちゃん。

相手に重心移動が発生するタイミングで止まる、逆をつくなどして、結果として足が出ないタイミングでの切り返しを起こさせる技術だ。くらった相手は足が動かせないまま無理に向き変わろうとして尻餅をつく。

正真正銘、これは空気投げだ。
相手に全く触れずに転がすのだから三船十段が理想とした空気投げとも言える。
そうとなったら空気投げとしてアンクルブレイクをやろう。
やってみたくなってきた。

バスケットボールでの空気投げ(アンクルブレイク)


フットサルでの空気投げ(アンクルブレイク) 
動画はドリブルデザイナー岡部さん


恵比寿稽古『アンクルブレイク』

いつもの座礼で池袋古武術の会や千代田の稽古会でお世話になったYさんに黙祷を捧げる。

謙譲の美徳と空気投げ、継ぎ足と空気投げ、空気投げとしてのアンクルブレイク。
さらに空手の形稽古。やりたいことがたくさん。

結果、全部やれた(良かった)。謙譲の美徳で空気投げは譲ることで動き始めて生じた抵抗に対しても譲りつづけることで、いきなり始まってぴったりくっついたように離れなくて抵抗しにくい動きになる。まだ自在とはいかないがこれが普通になるように練習したい。この感触はいい。

継ぎ足を投げ技の崩しに使う。謙譲の美徳が相手と自分の2玉でのビリヤードなら継ぎ足は自分の体で2玉、相手を入れて3玉のビリヤード。相手をはね飛ばす威力で崩す。崩したらその動きを謙譲の美徳で譲り続けて投げる。まだまだ練習が必要だが浮落にも隅落にも有効に違いない。

アンクルブレイクは柔道五の形1本目に通じる。相手がどの状態のときにどの方向に切り替えるか。柔道式に組んで相手に極端な受けをやってもらって、アンクルブレイクが起きるタイミングと切り返しの角度を確認するのは空気投げのいい練習になりそう。

空手の形稽古はEさんにアドバイスする岡田さんの説明を聞きつつ、鉄騎初段と転掌を練習した。転掌の動きで何故か先日道場の鏡開きに来た大内刈が得意なT先生に教わった釣り手での崩しを思い出した。私は出来ないのだけれど岡田さんに説明したら、何とびっくり。

T先生の釣り手による大内刈の崩し。転掌を見て思い出したので、全然出来ないのに岡田さんに説明したら、岡田さんがあっさりやって見せるではないか(笑)『手首より先は無いものとして突っついてから先端を回転させる』との説明を聞いたら何と私にも出来た!さっきまで全然出来なかったのに!何これ(笑)

2020年1月30日木曜日

松聲館の技法レポート『上達論の影響』

甲野先生のメルマガ動画撮影終了。『上達論』を書いた方条さんとの稽古で激変した動きをあらためて体感した。急速に成長する蔦が絡まるような動き。こちらが襟を掴みに行くところを下から跳ねあげるように腕で弾かれる。甲野先生の動きの自由度が増した印象を受けた。

甲野先生のメルマガ動画撮影。今日はちょっと不思議な回だった。先生の気付きの説明を聞いたそばからこちらの受けが大きく変わって崩されにくくなり、それを受けて先生が変わる。いつものことだけれど、今回このサイクルが自分には速すぎるくらい引っ張りあげられた感じがした。

甲野先生
身近な人物の上達を、本当に喜べるのは、そのお陰でこちらも、また新しい世界が開けて行くからです。40年以上前、ひどく未熟ながら、独立して「武術稽古研究会」を立ち上げたのは、それを目指したわけですが、その会を解散して当初の願いが実現してきたのは、何とも不思議な巡り合わせです。

とにかく、武道界は「生涯現役」を標榜する師範が多いことはいいのですが、自分の権威を高めるため、自分の技にかかりやすい弟子を可愛がり、上達して技が掛かりづらい者を疎んじる傾向があります。

試合のない武道は、その傾向が特に顕著です。それだけに指導的立場に立つ者は、このことを十分考えなければならないのですが、有名な師範であっても、お山の大将的な人が少なくなく、「ああはなりたくない」という見本だけは、見飽きるほど見ました。

私が独立したのは、そうした環境では、上達が望めないからでしたが、今あらためて感じることは、技が上達している者がどのくらい出るかは、その指導者の「凄いと思われたい」というエゴが、どれほど少ないかが、大きく関わっていると思います。

また、私の稽古会の常連の人達の間で、ライバル意識からくる陰険な足の引っ張り合いが見られないのは、常連の人達それぞれが、自分流の武術の開祖を目指しているため、技が出来る人は自分にとって参考になると捉えているからだと思います。

何しろ私をよく理解している人ほど、私の後継者になろうなどと誰も考えておらず、それぞれが目指す武術の開祖を目指していて、それが結果としてトラブルのない稽古会をつくり上げているのだと思います。

こうした「松聲館スタイル」の稽古会の雰囲気が形成される上で、田島さんが果たされた役割は少なくないと感謝しております。

田島
上下関係がなく、好きに稽古できて、いつでも技を受けられて、質問すれば回答がきて、同じように試行錯誤する相手がいて。本当に恵まれた稽古環境です。自分で稽古しないと上達しないので私などは亀の歩みですが気づけば14年以上も続いていて、ますますのめり込んでいます。ありがとうございます。

甲野先生
田島さんのような、誰もが納得のいく、見本のような存在が、松聲館スタイルを醸成できた、いわば酵母だと思います。感謝しております。

田島
勘弁してください。先輩方が育ててきた糠床に漬かっているだけですので。


具体的に実感したのは『浪之下』を受けた時。先生の技を止めようとするのだけれど抵抗するのとは異なる感覚。先生の動きをもらってこちらが動くように一体化する。抵抗しているのか一緒に動いているのか攻めに転じているのか境界がなくなった。受けた直後にこれは理想としていた動きだと実感していた。

この受けは私が説明すると『謙譲の美徳』で受けるになるし、この受けができた大きなきっかけになった小磯さんなら『釣り合い』で説明されるだろう。それにしても先生の技を受けて衝撃を受けることは今まで何度もあったが、技を受けている自分に理想に近いものを感じたのは初めて

『上達論』を読んだタイミングもちょうど良かった気がしてならない。

メルマガ動作撮影。甲野先生の技の感想続き。剣の鋭さが一層増している。ソフト剣なら腕でごまかせるが、やたら長い木刀も松聲館でしか見ない重量級の木刀を高速で切り返す様子はもはやスピード違反。あれで手の内が痛くならないというから「体で操作する」の説明の通りなのだろう。驚くしかない。