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2017年3月23日木曜日

三船久蔵十段の横捨身技

しばらく寝技の動画ばかり見ていて、三船十段の映像から遠ざかっていた。
三船十段の動きは『空気投げ』研究の原点であり、目標のひとつでもある。いかに自分の動きに進展が続いていたとしてもここを外して出来た気になってはならない。

先日の柔道練習でわたしと同じく三船十段の動きに魅了されているAさんから刺激を受け、久しぶりに三船十段の映像をみた。
今のわたしに三船十段の動きはどう映るだろうか?
一度見直したくらいで大きな発見を得られると思うのは虫がよすぎるが、横捨て身技の映像がこれまでと違って見えた。
具体的には、『横分かれ』と『横車』の映像だったが、先日の柔道練習で試したBJJの先生が奥襟を叩かれた時の対処法として紹介していた投げ技が、『横分かれ』に巻き込みの要素を追加したものだと理解できた。
さらに『横車』は、相手の背後あるいは側面から相手を後方に投げようとした時に相手が前方向に重心を移して耐えようとしたタイミングで良く掛かりそうだとあらためて確認できた。
加えて興味深く感じたのは、これら2つの横捨て身技の理解が進んだ後で『腕返し』の映像をみたところこれまでになくやり方がハッキリと見えたことだった。
横捨て身技としての原理は横分かれと同じだが、作りまでが違う。
引き手を持ったまま、相手の釣り手を切る。
引き手を手前に引き、相手の右肘を伸ばして前隅に崩す。
右手で相手の手首辺りを掴み、横分かれの要領で右足を相手の左側に投げ出して自分の頭が真下に落ちるように身を捨てつつ、投げる方向に体を向ける。


さて今度は三船十段の著書『柔道の真髄 道と術』にある説明で自分の理解を確認しなくては。

2017年3月22日水曜日

武術的な動きをサッカーへ応用する

BULINK主催、東京武道館での甲野善紀先生の講習会に参加した。

現役高校サッカー部員の青年が参加されていた。
なかなか珍しいタイプだが課題が明確でサッカーを上達したい、早く上達出来るようになりたいという思いで参加されていた。
アドバイスはこの日久しぶりに参加していて、スポーツ指導もされているKさんがしていたが、ふと自分もサッカー経験者であることを思い出した。

今の自分がサッカーを再開するとしたら、どうやったら早く上達出来るだろうか?

戦術やフォーメンションの理解を深めるのは当然として、個人の力をどう高めるか。

おそらく姿勢とリラックス出来ているかを意識して練習するだろう。
ボールコントロールの技術を磨く練習中、パスの精度などと同じくらい、これらを意識する。
自分のパフォーマンスが発揮できる状態を把握しておけば、うまくいかない場合に修正すべきなのは何なのかが自分でわかるようになる。

これは今のわたしの柔道への取り組みかたに等しい。
なかなかリラックスし続けるのは難しいが、徐々にリラックスしていられる場面が増えてきている。
もちろん体力面も技そのものの練習も足りていないし、相手があることなのでこれが出来れば必勝と言うものはないが、姿勢とリラックスを意識出来るかどうかが、自分のパフォーマンスを発揮できるかどうかにつながる。

武術で稽古した具体的な動きや技を応用できるかどうかは、ここにかかっているように感じる。
姿勢と武術稽古の関係についての私の考えは、以前甲野善紀先生と中村考宏先生の絶対にあり得ない対談の記事にまとめているが、今でも考えは変わっていない。


この日は柔道有段者のKさんが参加されていたので、空気投げ研究にお付き合いいただいた。
弾まないように弾む動きを空気投げに応用すると、よりスムーズで早い空気投げになりそうだとわかってきた。
これも応用の幅が広そうで楽しみだ。




2017年3月21日火曜日

松聲館の技法レポート『水面走り再び』

甲野先生のメルマガ動画撮影のため松聲館へ行ってきた。

前回、わたしが『人間鞠』で弾んで歩いて過ごしていたのを甲野先生の技を止める動きに応用して、先生に驚かれて以来、20日間ぶりの稽古だった。
前回は先生が『人間鞠』に『抜刀の体』『石火崩し』を合わせたものと、イメージを使って相手を気にしないで突然動く『トカゲ走り』によって、最後はこちらが大きく崩されていた。

20日間、先生の技に対して特別な対策を取っていたわけではないが、再び『人間鞠』の体で受ければ前回の技は止められそうな気がしていた。
ただ、これは毎回そう思って受けていて、毎回そううまくはいかないので、あてにならない感覚でもある。


この日は剣術から
お互い正眼に構えて剣道の試合でも見る剣先が触れるかどうかの間合いで向き合う。先生が動こうとするのを察知して上下に抜くか、横に払うかして対応する。
これがどうしても間に合わない。抜いてかわしたはずの剣が間髪いれずに戻ってくる。
払えるはずの先生の竹刀が重くて払えない。
見た目にはほとんどわからないくらいの『水面走り』をされているという。その結果浮きがかかり、通常では出来ない変化が可能になるそうだ。


『太刀奪り』
真横から剣を先生の上腕辺りを狙って振る。
ソフト剣なので当たっても痛くない分、振るほうにとっては、ゆっくり当てる加減がいらなくなる。
先生が目の前に立ち、動こうとしたらわたしが剣を振る。
普通に動かれたら難なく剣を当てられるが、『水面走り』にもる浮きがかかっていると、こちらの剣が間に合わずにとられてしまう。
これには驚くしかない。


『払えない突き』を払う
『払えない突き』は先生が出してくる手を払う。それだけの単純な稽古だ。
払えそうに思えるのに払えない。時には両手を使わせてもらうが、やはり払えない。
払えないどころか、こちらが構造的に丈夫であればあるほど、触れた途端に後方へ跳ね飛ばされたり、払おうとした手が存在しないかのように胸の辺りを押されてしまう。
かといって抵抗しないで立っていれば容易に突きを許してしまう。それならばと、払わずにいなそうとしてもいなせない。
文字通り『払えない突き』なのだ。ちなみに今まで『払えない突き』をまともに止めた記憶はない。

それが今回は違った。

前回と同じく『人間鞠』が発動する弾む体で構える。前回と違うのは、自分のなかで弾む体が馴染んできている点だった。
より脱力して構えていられる。
先生の手が伸びて、私の手のひらに触れる。
触れた瞬間、先生からの力がわたしの手のひらから体を通して足裏に伝わり、足裏で重さを感じるや、体が弾み今度はその力がわたしの手のひらから先生に伝わる。
すると先生の突きが止まるではないか。
何度か受けるがやはり止まる。
「これは体当たりしてきていますね。」
これが甲野先生の感想だった。

柔道的に組み合ったところから、内腕による動きで崩されていた形でも入らせない。
前回はこれが止められなかった。


『浪之下』が気になる
『浪之下』を弾む体で受けると、先生が「どうしても持たれていることが気になってしまう。」と言う。
技として動くためには気にしないでいる必要があるが、それがしにくくなるそうだ。


『座り正面の対応』でも前回以上に崩されなくなっていて、自分でも別人が対応しているかのように思えた。
先生は重心の偏りが起こる事が止められてしまう原因だが、座りでそれを維持するのが難しいと話されていた。


前回は『とかげ走り』で結局崩されたが、今回はそれも止めて、剣術を除けば完封の勢いかとも思ったが途中、『水面走り』による『太刀奪り』をされたあと、先生の動きがわからなくなってしまった。
柔道の組んだところからも理想的な『空気投げ』のように投げられてしまう、ついさっきまで止めていた『浪之下』も『斬り落し』も『小手返し』も止まらない。
唯一抵抗し続けられた『座り正面の対応』でも、帰り際にわたしが以前やった前後の重心移動を自分の足に寄りかからないで相手に伝える工夫を先生に紹介したところ、吹っ飛ばされるようになってしまった。


毎回衝撃を受けてばかりだが、たまに思い出してあらためて衝撃を受けるのが甲野先生の年齢だ。
70歳まで2年を切っている。
先生が50代の頃、何かの取材で30代の自分を振り返って当時の未熟さを思い返した事があったというが、70歳でもう一度振り返ったらどのように思われるのだろうか?
「今が一番動く。」と言う先生の技がどこまでいくのか、引き続き追っていきたい。