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2014年8月21日木曜日

『柔道技研究稽古』松聲館技法研究

メルマガ用の動画撮影ではなく、甲野先生と柔道家T氏との研究稽古のため、松聲館へ。

T氏は、現役時代に世界のトップで活躍されていた方。
T氏との研究稽古は、初めてではないが、甲野先生がTwitterで発言している通り、大変有意義なものになった。

稽古前、柔道経験者で先輩稽古人のK氏を交えた雑談でT氏に、
「投げちゃってくださいね。私では返されてしまうので。」 
と話していた。
この結末は後ほど。


甲野先生の稽古は最新の動きや技を紹介して、それに対する受け手の感想や技の感触、結果によって新たな動きを次々と試していくというやり方。
そのため、受け手の反応によって稽古の進み方が全く変わってくる。
この日の受け手は引退しているとはいえ世界トップの柔道家、稽古がどう進んでいくのか楽しみにしていた。


最新の技は、『ロック(謙譲の美徳)』『コアラ投げ(屏風座り)』に『太刀奪り』とその応用。

柔道で考えられる場面を想定して、それに応用できそうな技を試していった。

『払えない手』『払う手』
組手争い
柔道では相手の良いように組ませては不利になるので、なるべく自分の有利な組み手になるように仕掛ける。
こちらが伸ばした手が払えないのが、『払えない手』こちらが強く払えるのが『払う手』。

これらを今の甲野先生は、『太刀奪り』と『ロック』『火焔の手』で行う。
さすがにT氏は簡単に崩されないが、威力の違いは明らかに感じたようで、指導者としてどう後進に伝えていけるかという視点で技を分析されていた。
柔道の観点で分析されるので、『もっと小さい動きでやる必要がある。』などと次のテーマを提供される。
それを受けて甲野先生がその場で新たに検討する。
このようなやり取りで稽古は進んでいく。

『コアラ投げ』
奥襟を掴んだ状態からの深い『屏風座り』をすることによる強烈な崩しと、丈夫な姿勢を利用したうっちゃりのような投げ。
捨て身のようで、捨て身でない投げ。

『謙譲の美徳』
T氏が柔道への応用を紹介してくれた。
相手に奥襟を持たれて頭を片方に寄せられるような体勢になったときに、『謙譲の美徳』で相手の力を貰って姿勢を立て直すというもの。
よく研究されていて驚かされた。
このような交流は嬉しいですね。

『太刀奪りによる返し技』
甲野先生の『太刀奪り』の動きを使った、投げ技の返しをT氏も体験。
この返し技は、次のように説明される。
『重い荷物を担ごうとしている人を手伝う人が、一緒に持ち上げた荷物を少し場所をずらしてから急に手を離すと、離された人は思わぬところに重さがかかって、背負っていられない。』

始まる前にT氏に「投げちゃってくださいね。」と話していたのは、この稽古のこと。私がかけると全て返されてしまうが、果たしてT氏ではどうだったか。

よいものが見られました。

甲野先生があれほど何度も綺麗に投げられる光景を見たのは合気道家との稽古で受け身を取っていたのを除けば初めて。
私相手に通用した動きではT氏には全く通じない。
これを受けて『太刀奪り』のタイミングを変えたりしてみても、投げられる。
(これは面白くなってきた)と内心思いながら二人の稽古を眺めていた。
結果として返し技は成功しなかったのですが、本当に見ごたえのある稽古でした。
後で聞いたのだけれど、甲野先生も同じように(これはいいぞ!)と思いながら稽古していたそうです。
甲野先生が言うには、T氏の投げは、崩しの時点で決まっているので、掛けられてから逃げると言う今のやり方では間に合わないことがはっきりしたとのこと。
私の場合は投げの途中で『太刀奪り』をされると甲野先生を見失うのだけれど、T氏の場合は追尾し続けていて、『太刀奪り』で浮いているところを投げるので、かえって型や演武のように綺麗な投げが入っているように思われます。

『組み手をきる』
場面を変えて、柔道の状況で言えば先程の一歩手前、相手の組み手が十分なところからの対応。
あからさまに両手を使って相手の組み手をきることは今のルールでは反則。
なるべく掴まずに相手に触れる程度で組み手を切るか、或いはそのまま崩し投げることは出来ないか。 
これも甲野先生が色々と試すも、T氏の組み手は外れない。
とうとう最後までT氏の組み手が外れることはなかった。

甲野先生が外せなかったT氏十分の組み手とは、どんな感触だろうか。
柔道有段者でもあるK氏が、T氏と軽い乱取りで組み合った。
K氏に組まれると私は非常にやりにくく感じるのだが、T氏は余裕。何度もK氏を倒していた(道場の広さも考慮されて、投げと倒しを使い分けていたよう)。
せっかくの機会なので私も組ませていただいた。
組まれてみると嫌な感じどころではない、ヤバい感じがビンビン伝わってくる。
実際、T氏が足も腰も使わないまま、組み手からの崩しだけで布切れのように投げられてしまう。
つまり、全て『空気投げ』だ(笑)
そのT氏が言うには、私の組み手は苦手だそう。重心位置が組み手の感触から伝わってこないそうだ。
結果は布切れでも、最近変わったこの組み手には、少し自信が持てるようになった。
一方、T氏の感触も私に伝わってきた。
私とでは動いている最中の体の纏まりが違う。いつでも動ける状態で纏まっている感じだ。
個人的に課題もはっきりしてきた。
足技で自らバランスを崩しているようだ。
ますます『空気投げ』の必要性が増してきた(笑)

T氏の『小内刈』。
技の種類もタイミングも事前に予告されていて防げない。
技の世界は実に奥が深い。

先日強力になった私の『支釣込足』も、T氏には全く通用しない。
代わりに教えてもらった『支釣込足』は元代表監督の篠原先生のやり方だそうな。
えぐい。
それから相手のトラウマになる『背負い投げ』の防ぎ方。
えぐい。
これらは心理的に真似が出来ない(笑)
ここに書くのは控えておこう。

暫く柔道練習に熱中していた。

『関節技』
考え事をしていたように見えた甲野先生。
ふと戻って始まった稽古が、立った状態から関節技に移行するというもの。
「急に出来るような気がした。」という。
何度もかけてもらったのだけれど、私からは上手く説明できそうもない。
相手が襟をつかんでいるところから、或いは袖を掴んだところから、痛みも極められそうな感じも与えないまま、いつの間にか関節技で制されている。
これにはT氏も不思議がっていた。
真似しようとしても、相手に力の方向が伝わってしまって、気づかれないまま関節技に入る事が出来ない。
甲野先生が言うには私は「欲しがり過ぎ」で、どういう形になりたいか、やる前から決めて動いているせいで、それを相手に感じ取られてしまっているとのこと。
これが出来たら、柔道技全てが変わってくるだろう。
気づかれないまま決まっている動きを身に付けたい。

この日の稽古は甲野先生にとっても実りのあるものとなったようだったが、私にとっても良い稽古だった。

予定時刻が来てT氏が帰ったあとも、三人で稽古を続けた。
「あれは良かった。」とは甲野先生の感想。

K氏がT氏の組み手を再現して甲野先生と組むと、この形では同じくK氏が十分。
T氏の時と同様、甲野先生が組み手を外せない。
暫くしたところでK氏が「右手でやっている『火焔』を、全身でやるとどうなりますか?」と、質問した。
それを受けて、甲野先生が足に『火焔』をかけるようにして動くと、先ほどまで十分だったK氏が一転、組んでいられない。
私も組んでみると、同じく掴んでいられない。
かなりしっかり組んでいても胴着と指の摩擦で指先が燃えるように痛くて、やはり掴んでいられない。
T氏がいる時間には間に合わなかったが、日を置くことなく、早くも新たに対応した動きが生まれてきた。
これはまたT氏との稽古が楽しみである。

次々と変化を続ける甲野先生の稽古こそ、見習っていきたい。

研究を続ける内にこれまでの稽古と柔道練習を繋げる要素がはっきりしてきた。
『謙譲の美徳』
『辰巳返し』
『屏風座り』
『太刀奪り』
この辺りは、かなり相性が良い。
気配無く、大きな力を出す『謙譲の美徳』。
筋力だけでない、構造的な強さを使う『辰巳返し』。
捨て身をかけずに後下方向への重さを伝える『屏風座り』。
蹴って動かない『太刀奪り』。
この要素は外せない。

稽古すればするほど稽古し足りなくなる。
毎回気づかされるのは自分の未熟さばかりだけれど、それを延びしろと思える図々しい性格に乗っかって楽しんでいきたい。

そう言えばこの日、思わぬところで練習の成果が出たのだけれど、これはまたの機会に紹介することにしよう。

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