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2014年10月20日月曜日

『最大の発見』手裏剣稽古

忍者向け講習会の余韻を残したまま稽古を再開出来た。
人形町にある稽古スペースでの手裏剣練習だ。
この日、手裏剣稽古史上最大の発見があるのだが、この時はまだ知らない。

オーナーのOさんから武術家の靭帯断裂に纏わる興味深い話を聞くことが出来た。
・中国武術を長くされているアクション俳優の方が、撮影中のアクシデントで膝をひどく痛めてしまった時の事。靭帯断裂の可能性が強かったため、大きな病院で検査したところ『靭帯がない。』と言われた(!)そうです。
靭帯がないので診断結果は『捻挫』。今まで靭帯が無いのにどうやって武術とアクションをやっていたのだろうか?
・ある流派の剣術の先生は、ある時期に肩の靭帯を痛めてから、まともに手があげられなくなってしまったのだが、その流派の形であれば、しっかりと手は上がるし、強烈に打ち込むことも出来るそうだ。


Oさんは奥の事務所で仕事に戻り、私は一人稽古となった。
手裏剣稽古はずいぶんと間があいてしまったが、自転車の例えの通り、乗り方を忘れることはないようだ。
違和感なく練習に入ることが出来た。
まずは近距離で直打法の感触を確認する。

久しぶりに再開した稽古のテーマは『体の状態』とした。
刺さった刺さらなかったという結果では良し悪しを図らないということ。
韓氏意拳の練習で教わった事を思い出して取り組んだ。
・いつでも打てるか
・いつでも止められるか

微細な感覚だが、剣の離れ際まで自分の状態を感じつつ動く事が重要だ。
残った感覚が手先、指先の働きだけであれば失敗。
剣の重さ、手の振りによる変化をからだ全体で感じ取れているかを確認するのだ。

丁寧に取り組むと、きれいに刺さった場合でも、状態が良くないときは自分で感じ取れるようになった。

『謙譲の美徳』による打剣
『謙譲の美徳』とは、一言で説明すると相手に場所を譲る(譲ろうとする)動きだ。
甲野先生はそれを『ロックしてエネルギーだけ取り出す。』という言い方をする。
珍しく動画を公開するとこんな感じ。
(このブログでの『謙譲の美徳』動画初公開ですね。)

https://www.youtube.com/watch?v=UTuAFRpO3xg

https://www.youtube.com/watch?v=kYN2JFT5j3Y

では棒手裏剣を一人で打つ場合は、何に何を譲るのか?
この場合は、剣に自分がいる空間を譲る事になる。
剣が前に行くなら体はその分後ろに下がる(下がろうとする)。
剣は壁と違って軽いので剣に場所を譲るつもりで動いても、実際に体は後ろに下がらない。
しかし剣に場所を譲る状態の体で、ただ打つ。
ただ打つ、というのが難しいがうまく出来ると剣に乗る重さが変わってくる。


しばらく練習してあらためてわかったことがある。
威力を出そうとして手を速く下ろしたくなるが、これは効果もあるがそれ以上にロスが大きい。
速さよりもいかに『謙譲の美徳』を発揮するかに重きをおいたほうが良いようだ。
つまり、剣に重さを乗せることを丁寧に稽古するということだ。

そうやって練習を続けていたら突然『謙譲の美徳』と韓氏意拳の『蹲起(ドンチー)』と手裏剣の『直打法』が繋がった。

こう言うことは稀にあるが、いつ起こるかはわからない。
誰かの言葉だったり、読み物だったり、映像の場合もあるが、今回は重さを乗せることを丁寧にやろうと思った事がきっかけだろう。
今思えば前日に甲野先生が「手裏剣は捻る動きをいかに解消出来るかが重要。」と言われていた事も大きな要因に違いない。

自分の中でこれらが繋がってから練習してはっきりとわかった。
直打法で『謙譲の美徳』を使うなら前後ではなく上下だ。
前者は投げで、後者は打ち。
これほどの違いを感じることになるとは、驚いた。
書いてしまえば呆気ないが、今回のこれは私の手裏剣稽古史上最高の発見だ。

帰り際にOさんに発見した打ち方を見てもらったところ、
「もう今のたいさんの手裏剣の前には立ちたくないですね。」と言っていただけた。
単に威力だけの事ではなく、質的にどこか変わったように感じたそうで、今回の変化を裏付ける証言を得ることが出来た。

丁寧に稽古していきたい。




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