『柔道研究稽古』松聲館技法レポート(最新技速報)

以前、世界でも活躍されていた柔道家T氏を迎えての研究稽古に参加した。
柔道に限らないが、研究相手のレベルが高いといつもとは違う展開になる。


柔道有段者のKさん、T氏とともに参加された黒い道着の武術をされているSさん、女性で見学を申し出たFさんとともに、貴重な場に参加することが出来た。


T氏を交えた研究稽古には前回も参加したが、実に見ごたえがあり、勉強になる。

T氏ほどの実力者に釣り手、引き手ともに持たせた状態で対応するのは、条件としては絶望的に厳しいが、甲野先生はその条件で引き出される動きを模索する。

単に出来る技を披露するのではなく、甲野先生が対応したことのない状況から、検討する過程を共有できる。貴重な機会だ。

「仕掛けてもらえますか?」

と甲野先生がリクエストすれば、T氏はきっちり投げるところまできめる。

崩しから投げまでが一瞬で、その時によって適切な技を仕掛けるので、油断しているわけではない甲野先生でも綺麗に投げられる。投げられているのを評価するのも変だが、まったく力みが感じられない。


私もあの動きなら試合中に足指を脱臼することなどなかったに違いないが、なかなかあのようには動いてくれない。
そもそも試合で綺麗に投げられてしまっては、怪我はなくとも負けてしまう。どちらの動きを身に付けるのが自分にとって良いのかは言うまでもなく怪我がないほうだが、ここが柔道だけでなく、他の競技を練習する上でも判断が難しいところかもしれない。
話が脱線してしまった。



柔道の研究稽古なので、今のルールに則って足には触れない、片襟は五秒以内などの制約を採用しつつ検討していった。

『火焔』の手の内にすると体を横方向に回転する力が増すため、組まれてからでも体ごと回転させて相手の組手を不利な状態に持っていくことができる。うまくいけば古式の形の『虎倒』のような形で相手を投げることができる。
しかしT氏相手では途中で少しでも引っ掛かれば『体落』や『横落』に入られてしまう。
ならばと『山を潰す』姿勢で前に出て崩すも、前に出る際に浮いてくると今度は『背負投げ』の餌食になる。そうしないように押すだけでは柔道では指導の対象だ。


先生が言うには、T氏の投げに対応するには、足元に敷いた御座を横から急激に引き抜かれてもすぐに体勢を修正できるレベルの動きが要求されるという。


組む前の状態についても検討が進んだ。
組手争いで出した腕が払われない動きや、ノーモーションで気配なく組む動きにはT氏も驚かれていた。
甲野先生は、主に肩甲骨を拡げる(以前、『山を潰す』と説明されていた姿勢)事による丈夫な姿勢と、重心側から動く『浮木之腿』を利用している。


『浮木之腿』は相手に重みを加えるのにも有効で、ボクシングで牽制するために放ったジャブのようなすぐに引く拳に合わせて重さで潰すという動きをされていた。

T氏も積極的に何とか『浮木之腿』の感覚を掴もうとされていたが、なかなか難しい様子だった。
Kさんと私とで感覚だけでも掴んでもらうために、『斬落』のやり方を紹介してやってもらったところ、片足で相手に寄りかからないように注意しながら足を引き上げる方法でやるとT氏の重さの質が変わった。
これが両足をついた状態で、さらに前進する力に変換するとなると難易度が少し上がる。
段階的に身に付けられるような練習方法を考えて紹介するのは、Kさんや私の役目だろう。
今後、『辰巳返し』のようにその場で出来るようになるような手順も検討してみたい。



釣り手を取りに来たところに合わせて腕を肘固めに絡めとる動きが、はじめの説明と最後の説明で変わってしまった。
はじめは右手の甲で相手の腕に触れることで位置を把握していたのが、最後は右手の拳をガンマンのように腰に構えたまま狙いを定めることで、容易に左手で相手を捉える事が出来るようになった。
左右の手が自分の正中線を越えないようにするという、剣の動きに従ったものらしい。


T氏はこれに近い対応で相手が釣り手をとりにくるところを『背負投げ』に入るというのをされていたようだったが、甲野先生のやり方とは違うのを感じているようで、何度か試しては「あー、違う。」と納得できない様子だった(確かに違うのだけれど、技としては十分に強力)。


『影抜き』による打ち合いなどの剣術を稽古したり、Sさんのリクエストに応える形で手裏剣術も拝見することが出来たり、気がつけば三時間以上があっという間の充実した研究稽古になった。


個人的にはT氏の柔道レクチャーを受けられたのも大きい。
T氏が『背負投げ』にいつでも入れる状態を体感出来たことと、研究中の『小内刈』について、一本がとれるやり方を教わることが出来た。
あの『背負投げ』に入られそうなまずい雰囲気はこれまでに味わったことがない。
これまた貴重な体験をさせていただいた。



最後に先生が言われていたが、どこかで一日時間をとって今日のような研究が出来る機会が設けられたら大きく技が進展するような事が起きそうだ。
そう思える研究稽古だった。


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