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2011年1月31日月曜日

チョロQ?@半身動作研究会

・前腕は力を通す管。
・肘から先はモノとして使う。
・肘から先を運ぶだけ。
という説明から始まった中島先生のワンテーマ講習会。
今回はテーマは「手に体幹の重さを伝える」


個人的に今回は相手からの感触次第で、実に力みやすいということを再認識することが出来た。
特にFさんとの稽古では、Fさんが何か特別なことをしているわけでもないのに私の方が力むこと力むこと。
肘から先はモノとして使うということを意識すると動くには動くが、
モノとして使うことで力みを無視しているだけになっていたようにも感じる。
そうじゃないだろうという感覚。
これはちょっと苦労しそうだ。


■チョロQ理論
半身動作研究会の稽古でしばしば言われるのが、
「相手が動き始めるので、相手の動きについていく。」
というもの。

この日はこれをチョロQを喩えにした説明があった。
喩えに仰々しさが全くないところが中島先生らしい。
走るチョロQの前に壁を置くと、チョロQは止まる。
しかし、ゼンマイが巻いてあるので進もうとする力が消えたわけではない。
見た目に止まっているようでも働きは消えていないということ。
壁が後退すればチョロQはその分だけ進むし、壁を取り除けばチョロQは走り出す。

相手に触れている状態での「ついていく」がチョロQの動きで説明できるということ。

ただし、チョロQと壁の場合と、人間と人間の場合では止まったときの作用が異なる。
相手に触れるとき、触れれば止まってしまうほどの力でも、
動き続けようとする働きを保ったまま触れると、触れた瞬間相手(チョロQで言うと壁)が動き出す。
動き出したらその相手の動きについていく。

チョロQがぶつかって止まっている壁を後退させると、後退させた分だけチョロQが進むのと同じ。
相手を壁だとすると壁を動かそうとしてはいけない。
壁が動くから自分もその分だけ動くのである。
逆に、チョロQなのだから壁が動いているのに自分が止まっていてはいけない。
壁を動かしてはいけないけれど、動きの働きは止めてはならないのである。


■進み続ける働きと、押すことの違い。
通称「E木崩し」、「白川崩し」と言われる相手の背後から肩に手をかけて相手を崩す形の技での検証。
この稽古は、相手の肩に手が触れているだけで相手が崩れていくという不思議技に見えるので単純に楽しい。
受けても特に何かされている感触がないのに崩れていくのがこれまた楽しい。
しかし初めてやる方の場合、ただ触れているだけということが難しい。
(この程度で相手が動くはずがない)という程度の触れ方で十分なのだが、ついつい下方向あるいは後ろ方向に相手を押すか引っ張るかしてしまう。
このように触れられた場合、受け側は受けた力に対抗する反応が生じる。
押してはいけないのである。

■柔らかく触れ続けることと、意識的に押さないことの違い。
では(押さないように、押さないように柔らかく。)と意識的に力を加減したくなる。
しかしこのように意識的に加減する動きでは相手の動きには「ついていく」ことが出来ない。
どうしても相手から離れてしまう(引いてしまう)瞬間が生じてしまうのである。
相手から手が離れれば、相手の動きはとまってしまう。
意識的に押さないのもまたいけない。

私の稽古を振り返ってみると「押してはいけない。」という感覚が芽生えてから、
「押さないように。」と思いすぎて、今度は引いてしまう失敗を続けているうちに
「ついていく。」がある程度納得いく動きになってきているように思える。
まずは自分が「押してしまっている。」「引いてしまっている。」ということの気づくところから。
気づいたらそれをやらないように稽古が出来る。
気づくにはどうしたら良いかと言えば、ひたすら技を受けて(確かに押していない。確かに手が離れない。)ということを繰り返し体感するのみである!
だから技を受けるというのは本当に良い稽古になるのだ。

2011年1月24日月曜日

根本@沖縄古伝空手城間流 琉煌會

根本が変われば動きが変わる。
動きが変われば技になる。
術はその先にある。
根本とは、身体と心。
身体と心はわけられない。

相手を思いやる心。
自分を知るということ。
今の自分は過去の自分から知ることが出来る。

城間先生は過去の話をされていたが、根本の心の部分を教えてくれていたのだ。
城間先生の話は、話の内容が感動的だからという理由ではなく、常に琴線に触れられているような感じ。
さしで話したら泣いちゃう自信あり。
と思っていたら、城間先生も泣きそうになるのをこらえてお話されているらしい。
私の琴線に触れていたのはこれか。

初めて参加したときもきっと同じように説明されたはずだけれど、今回はまた違って受け取ることが出来たなぁ。
城間流に初参加した日記
http://vtotai.blogspot.com/2010/04/blog-post_28.html

細かい動きの話は今回は省略。
動ける身体になるということ。
相手を思う気持ち。
根本の一番大事なことを教わることが出来たのだ。



と思ったけど4時間弱も稽古してなにも書かないのももったいないのでちょこっと書いておこう。

■ご挨拶
私「本日はよろしくお願いいたします。」
城間先生「どうですか、最近の調子は?」
股割りのことである。
私「続けています。でも変化はちょっとずつです。地道ですね。」
しかし、ここ最近忙しくてさぼっていたなぁと反省。
私の根本の半分くらいは股割りで変わってきているのだから、ちょっとずつでもやっていこう。


■体操
根本になる身体を作るための体操。
構造動作トレーニングと実に相性がよい体操。
お互いの教えが矛盾しないので、安心して取り組める。


■開放サンチン
城間流のサンチンは沖縄にある流派のどれとも一致しない。
オリジナルの型になるのには理由があるのだ。
貫手の形だが親指は使わない。使わないから型が変わる。
サンチンの動きの中には根本のところが含まれている。だからただ手順を追っていてはなにも変わらない。
この日のセミナーではこのあたりをよくよく説明していただいた。


■2段受け(名前はあっているかわからない)
O氏と最初の稽古メニューで組ませていただいた。
身体の動きに手が連動するということ(手を使わないということ)。
「手を使っていないのでバッチリです。」と言われた。
このメニューがバッチリだったので、他にも色々と教わることができた。
O氏は人柄の良さが雰囲気ににじみ出ているような印象の方で、強そう(実際そうでしょう)なのにそれをひけらかすようなところが全くない。
3回目の参加となる私に丁寧に教えてくれた。

・2段受けに加えて、腕の回外を行うことで外方向への崩し効果が増す。腕を使わないことができた上でやらないと余計に腕を使ってしまいがちな形。
・一方向目の動きに反発してきた力を別方向から相手に返す(DVD手を極めるに収録されているやつだ!)。
・一部ではなく全体で動くと相手はその動きに同調する。

驚きの技を色々と紹介していただいたが、この日一番の驚きは、O氏が51歳ということを知ったことだ。
びっくりして聞き返してしまった。私より上だとしても40代前半だろうと思っていたのに。


■当波(?)
腕を持たせて、崩す形。
城間先生に密着して身体の動きを教えていただいた。
見た目に腕で崩すような形でも身体から力が伝わっている。
どんなに小さな動きでも腕だけで動いてはいない。
根本を変えていく必要がある。


■腕相撲
初参加のときK氏(今は渡米中だがこの日は参加されていた)に指2本でやっていただいたものだ。
感じていた印象は間違えではなかった。突きの要素が入る。
・寝そべって
動きに突きの要素が入ると相手が身体ごとコロンと転がる。
・立って
相手に動きの自由度が増す分、崩れにくくなる。色々検証してみるといきなり横方向に倒そうとするのではなく、真っ直ぐに突くような感じで動き、相手が崩れた後で横方向に動くとコロンといきやすくなるようだ。


■根本(心の部分)
相手を知るということは、自分を知るということ。
相手を感じるということは、自分を感じるということ。

2011年1月16日日曜日

皮膚の稽古@半身動作研究会(柏)

杖を使った稽古からスタートしたが、テーマは全体を通して『皮膚』っぽくなった。

杖を持つ相手の手のひらの圧が変わらないように動く。
押す動作、回す動作。
単に動かすのではなく、相手の接触面の状態を感じながら動く。
皮膚の張りが変わらないように。
相手に直接触れている場合でも同じ。


うまくいかない場合は、たいてい身体で押してしまっている。
肩、肘、背中、腰、足など、皮膚の張り以外の力で動かそうとすると皮膚の感覚に変化が起きてしまい、相手はその力に向かって反応する(抵抗する)。

うまくいくようにするには、相手をコントロールしようとしないこと、皮膚の張りが保たれるようにし続けることが必要。
どんなに頑丈な棒でも地面に立ててあるだけなら、誰でも(太すぎず、よっぽど重くなければ)倒せるのと同じこと。
皮膚の稽古では、相手に抵抗する意識を起こさせないで動くため、立てているだけの棒を倒すような力で相手が動くということが起きるのです(たぶん)。
相手が動くだけでなく、崩れる方向に動くようにするには、皮膚の張りに加えて、相手の中心に合わせるようにすると良いが、皮膚の稽古では感覚を練ることが目的なのでやらなくて良い。
逆に受けるほうも、中心を取って耐えたり、皮膚の張りを解除しようと逃げたりすると感覚を練る稽古にならないのでよろしくない。

その皮膚の稽古の模様がYoutubeにアップされている。
http://www.youtube.com/watch?v=b-6vvZGMH4M


この日脚光を浴びたのは甲野先生の「虎拉ぎ(とらひしぎ)」の手の内。
この手の内にすると、後ろ手に押さえられた状態からの脱出が簡単に行くというものだが、
足を押さえられている状態からでも動けるようになるのだ。
つまり、手の内の状態が足先にまで影響を及ぼすということ。
これのすごいところは、誰でもすぐにある程度効果がでるという点。
秘伝にはこういうものもあったのだろうと想像する。
伝わったら簡単に効果が出てしまう。だから簡単に伝わらないように秘伝になる。
http://www.youtube.com/watch?v=kV4-VBnp3Xk

そういった意味では甲野先生は秘伝を公開しすぎかも知れない(笑)

2011年1月12日水曜日

2011年初セミナー

遅れて参加した東京武道館 
今年最初のセミナー参加はここから。 
年始の平日だったがけっこうな人数が参加していた。 


■太刀取り 
甲野先生の太刀取りには、単に素早く避ける動作とは決定的な違いがあるように感じていた。 
1つは甲野先生自らも説明している体捌き。 
「蹴って避けるのではなく倒れるように移動し、身体が向き変わることで剣を避ける。」というもの。 
当たり前だがこれを体現するのは難しい。 
もう1つは、避けるタイミング。 
先生は説明されていないが、相手が剣を振ってから避けるのではなく相手が剣を振ろうとしたら避けるというもの。 
この動きをされると振った剣を避けられるというよりも絶対に避けられるであろう剣を振らされているように感じる(少なくとも私はそう感じる)。 

私がこのように解釈しているのを知ってか知らずか、 
「この人はけっこう太刀取りを理解している。」 
と言われて、なんと私がみなさんの前で太刀取りを披露することに! 
甲野先生の剣を華麗にかわす私。 
なんてうまくいくはずもなく、パンパン頭を叩かれる様子を披露(ビニール製の痛くない剣です)。 
先生のご期待(?)には応えられずに残念だったが、この後U田さんからのアドバイスで、いつの日か出来るようになりそうな予感が出てきた。 


■太刀取りの予感 
私の太刀取りへの感覚を確信に変えるアドバイスをくれたU田さんの説明。 
「この時には相手の中に入るんです。」 
と私が剣を振ろうとした瞬間に、U田さんは私の懐まで入ってくる。こうされるともう振ることすら出来ない。 
一度受けるだけで十分伝わった感覚。 
相手に打たせないくらいのタイミングで、かつ全く避けずに相手の中に”自分が”入る。 
剣を止めたい気持ちからどうしても手が先行しがちだが、手だけが間に合っても相手の剣は止まらない。 


■太刀取りの稽古 
・体捌き 
・相手に向かう感覚(後の先?) 

この日は太刀取りの稽古ばかりやっていて、甲野先生の動きをほとんど見ていなかった。 
(甲野先生以外のセミナーではあり得ない行動ですが、甲野先生のセミナーでは先生自らこれを良しとしているので音と場所で先生の邪魔にならなければ問題ないのです。念のため。) 


■U田さんと検証 
自分の空間と相手の空間の関係を意識するとおもしろいことがおこる。 
ちょっと相手の方向に意識を向ける(身体も意識の方向にほんの少し動く)と、それが相手に伝わるというもの。 
歩いてくる相手が自分の空間に入るときに相手に手を伸ばす、あるいは相手に近づくとそれが相手に影響を及ぼす。 
誰とでも成り立つという稽古ではないが、感覚を確認するのに出来たらよい感じ。 


■構造動作新ネタ 
足首を真っ直ぐに伸ばして握りこんだところから、足先を地面につける。 
股関節の外旋だけで小指がつくように足を動かす。 
立つ(って無理)。 
難しいのは足首を捻らないようにしながら小指をつくというところ。 


今年は太刀取りがどうにかなるといいなぁ!

2011年1月6日木曜日

2010年最後の稽古@半身動作研究会

2010年最後の稽古について書いていなかった。 
遅れて参加した半身動作研究会の稽古。 
テーマは『離陸』 

甲野先生の説明する『離陸』は足裏の垂直離陸だが、中島先生の稽古では、 
足裏・手のひら・指・掴まれた場所、あらゆるところに離陸をかけた状態での動きを検証する。 
『離陸』とは順逆拮抗の状態のこと。 
・結果的に押すなら、引きながら押す。 
・結果的に掴むなら、放しながら掴む。 
・結果的に上げるなら、下げながら上げる。 

離陸をかける場所は関係ないのである。 
このように解釈し、稽古することで足裏の垂直離陸に対する理解も深まる。 
この日も色々な形で『離陸』の稽古を行った。 
相手を掴むとき、『離陸』では放しながら掴むのだが、これが感覚的に難しい。 
中島先生の説明が理解を助けてくれる。 
それは「離陸はパントマイムである。」というもの。 
まず空中で相手の手を想定して実際に掴むようにパントマイムを行う。 
掴もうとするけど掴めない。 
パントマイムで行うので、結果的に放そうとする力を同時に発生させることになる(空気を掴むのだからそうなる)。 
これを中島先生は『空握(くうあく)』と呼んでいるが、この状態こそ手のひらに『離陸』がかかった状態である。 
この状態のまま相手の手を掴んで(というかこの形のまま触れて)、動いてみると相手が崩れる。 
相手の状態によっては驚くほど崩れることがあるので、ちょっとだけ注意が必要である。 
以前、稽古に参加した女性が家でお父さんにかけたところ、家の飾り棚のガラスをぶちやぶるほどお父さんが吹っ飛んだという話も聞いている。 
ちなみに流血したお父さんをみてお母さんは爆笑していたそうな。 
ポイントは『空握』の状態を変えないというところ。 
相手に触れると、どうしてもあらためて握りなおしたくなる誘惑にかられる。 
これはほとんど無意識的なので、ハマると抜け出すのが難しいが、ポイントは前に示した通り。 


さてこの日、私の一番の目的は離陸に関連して中島先生にある質問をすることにあった。 

それは、甲野先生最新の技の1つである「相手の拳を包むようにして掴んだまま、重みをかけて肘を極めていく」 
というの(の私版)を受けていただいて、この技が『離陸』と全く違うのかどうかを確認することである。 

甲野先生の説明は「腕は掴んでいるだけで、足裏をぬかるみから引っこ抜くように、 
だが引っこ抜けないというつもりで引き上げようとすると結果として相手に重みがかかる。」というもの。
この説明は中島先生のする『離陸』の説明そのものである。 
なので、私は甲野先生に「離陸とは違うのですか?」と聞いたのだが、 
甲野先生は「離陸とは少し違う。離陸は足裏を均等に浮かせる感じ。これは引き上げようとするけどあがらない感じ。」と回答された。 

中島先生に受けていただいて、甲野先生の説明もそのまま伝えたところ、「これは離陸ですね。」という感想をいただいた。 
実際に離陸の感覚でやってみると(私のレベルなりでの)効果もそれなりにあるようである。 


では甲野先生の説明がおかしいのかというとそんなわけはなくて(甲野先生の技だから当たり前ですが)、 
私にとっては、甲野先生がどのような感覚に着目して技を行っているかのヒントをいただいたということになる。 

私の理解では足裏均等も足裏の引き上げも『離陸』には必要な要素であり、どちらか一方の感覚ではない。 
甲野先生自身も『足裏の垂直離陸』を説明されていたころは引き上げようとする感覚についても説明されていたはずなので、 
動きが洗練されて自然な感覚になった結果、足裏を均等にする感覚になったと考えたほうが良さそうだ。 

その感覚になった上で、「足を引き上げようとする。」のだから『離陸』とはちょっと違うのでしょう。 

2010年最終稽古も面白かった。